京都地方裁判所 昭和41年(ワ)564号 判決 1969年3月27日
原告
京神倉庫株式会社
代理人
阿部甚吉
ほか三名
被告
京都府信用農業協同組合連合会
代理人
小林昭
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
一<証拠>を綜合すると、原告は、倉庫業および運送業を営む株式会社であるが、名神高速道路の開設に伴い、昭和三八年末頃より、旧土地および本件建物を売却して、右道路のインターチェンジ附近に倉庫を新設する計画を進め、昭和三九年一〇月、名神高速道路京都南インターチェンジ附近に用地を取得し、同地上に新倉庫を建設したこと、原告は、右用地および新倉庫を、原告の所有であつた旧土地および本件建物の買換資産として取得建設したので、租税特別措置法第六五条の四所定の資産買換えの場合の課税の特別の優遇措置を受けるため、新倉庫取得の年度内である昭和四〇年三月三一日までに、旧土地および本件建物を売却する必要に迫られ、昭和三九年当初頃より、その買手の斡旋を不動産仲介業者に依頼したこと、一方、被告、訴外京都府経済農業協同組合連合会、同共済農業協同組合連合会、同畜産農業協同組合連合会および同養蚕農業協同組合連合会とこれら各連合会の連絡調整を目的の一つとする京都府農業協同組合中央会は、これらを共同収容しうる会館を建設することとなり、適当な用地を買収する計画を建てていたところ、不動産仲介業者の通報により、原告が、旧土地の買手を求めていることを知るに及んで、旧土地買収の交渉を推進するため、京都府農協会館建設委員会を結成し、中央会の会長が、その委員長を兼務することとなつた外、当時の被告代表者もその委員の一人となつたこと、建設委員会は、昭和三九年六月より、原告との間で、売買交渉を重ねたが、その後、中央会および各連合会内部において、旧土地の買収範囲および買収当事者につき、種々異論が生じ、建設委員会は、原告との買収交渉を一旦中止し、内部調整する等の曲折を経た後、結局、昭和四〇年一、二月頃に至つて、被告が、単独で、旧土地中約一、〇〇〇坪を買収し、それを農協会館建設用地として提供するということで調整がつき、同年三月二五日、建設委員会に代り、被告が、初めて原告との間に、本件宅地建物買収につき、直接交渉をもつに至つたこと、原、被告は、同日、覚書を取交わし、同月二七日、右覚書に基づき別紙仮契約書と題する書面(甲第二号証)記載のとおりの合意に達し、仮契約書を取交わしたこと、なお、右仮契約書作成に引続き、原告より、被告に対し、売買契約書(案)が提示されたが、調印に至らなかつたこと、以上の事実を認めうる。
二そこで、右仮契約書記載の合意により、同月二七日、原、被告間に、本件宅地建物についての売買契約が成立したか否かについて判断する。
売買契約は、売主の財産権移転と買主の代金支払とに関する合意によつて成立し(民法第五五五条)、その他の点に関する合意(一般に附随的事項とみられるものについての合意)は、当事者が特にこれをその売買の成立要件としない限り、そのような合意を欠いても、売買契約の成立に影響がないと解すべきである。
右仮契約書の記載によると、同月二七日、原、被告間において、(1)原告は、被告に対し、本件宅地建物を、土地坪当り金一七万円、総額金一億七、〇〇〇万円で売渡す(第一、第二条)、(2)原告は、本件宅地建物に存する抵当権を抹消し、被告に対し、可及的速やかに所有権移転登記手続を行う(第四条)、(3)原告が、四月中に、被告に対し、本件宅地建物に存する抵当権が確実に抹消されるものであることを疏明し、かつ被告においてこれを確認した時、原、被告間で正式契約を締結作成し、同時に、被告は、原告に対し、手附金および内金として金五、〇〇〇万円を支払い、次いで、原告が、所有権移転登記に必要な書類を、被告に提供した時、被告は、原告に対し、残代金を支払う(第一、第三、第五、第六条)(4)その他必要事項は、原、被告協議のうえ、正式契約においてこれを定める(第七条)、との合意に達したことを認めうる。右認定に反する証拠はない。
右認定の事実からすると、同月二七日、原、被告間において、売買契約の成立に必要な要素である売主の財産権移転と買主の代金支払とに関し、合意があつたことは明らかである。
証人小田広志、同村山勇は、同月二七日当時、なお、本件宅地の範囲とその西側河川敷との境界、本件宅地上に建設すべき会館の高さの許容限度および本件宅地建物上に存する各抵当権設定登記の抹消の確実性等の点につき、納得がいかなかつたため、右仮契約書に仮の文字が付せられ、同日合意に達した以外の附随的事項については、その後、原、被告間で協議することとし、その点についでの合意を、本件宅地建物についての売買契約の成立要件としたものであり、その趣旨は、右仮契約書の「正式契約の締結作成」なる文言および第七条に記載され、結局、同日、原、被告間に、本件宅地建物についての売買契約の成立を見るに至らなかつた旨証言するけれども、<証拠>によると、右仮契約書の「正式契約の締結作成」なる文言および第七条は、そのような趣旨ではなく、未だ合意のない附随的事項について、当事者間で協議合意のうえ、新しい合意事項をも包括記載した契約書を作成することを定めたにすぎないものと認めうるから、右証言は採用しない。他に売買契約の成立を妨げる事実を認めうる証拠はない。
よつて、右仮契約書記載の合意により、同月二七日、原、被告間において、本件宅地建物の売買価格を、土地坪当り金一七万円、総額一億七、〇〇〇万円とし、手附金および内金五、〇〇〇万円支払の履行期を、原告が、同月中に、本件宅地建物に存する抵当権の抹消に関する疏明資料を被告に提示し、被告がこれを確認したときとし(手附の予約)、残代金の支払を、原告が、所有権移転登記手続に必要な書類を被告に提供したときとする、本件宅地建物についての売買契約が成立したと判断する。
手附を交付すべき旨の契約(手附の予約)があつても、手附の予約の成立のみから本契約の成立を認定しえないが、本件のように、手附の予約を含む当事者の合意が、売買契約の成立要件を充足する場合、当然、手附の予約を含む売買契約の成立を認定しうる。
三原告は、前記認定の手附金五、〇〇〇万円を交付すべき旨の契約には、右手附金をもつて、被告が、本件宅地建物についての売買契約による代金支払債務を履行しない場合の損害賠償額の予定とする旨の約定があつたと主張する。
しかし、この点に関する<証拠>は、<証拠>に照らして、採用し難く、他に右主張事実を認めうる証拠はない。
四原告は、本件宅地建物についての売買契約は、昭和四〇年三月三一日までに、原告が、原告主張の抵当権の抹消に関する疏明資料を、被告に提示し、被告において、これを確認したとき、原告に対し、手附および内金として金五、〇〇〇万円を交付しなければ、原告が、右売買契約を締結した目的を達成しえないため、右売買契約は、当事者の意思表示により定期行為とされたと主張する。
しかし、この点に関する<証拠>は、<証拠>に照らして、採用し難く、他に右主張事実を認めうる証拠はない。(三月三一日までに売買契約が成立した以上、被告が三月三一日までに原告に対し金五、〇〇〇万円を交付しなくても、原告は、租税特別措置法第六五条の四所定の資産買換えの場合の課税の特例の優遇措置を受けるという、右売買契約を締結した目的を達成しうる道理である。)
五してみると、原、被告間に成立した本件宅地建物についての売買契約が、金五、〇〇〇万円の損害賠償額の予定の約定を含み、しかも、当事者の意思表示による確定期売買であることを前提として、被告が、先給付たる売買代金の内金五、〇〇〇万円の支払義務を履行せずして、昭和四〇年三月三一日を徒過したため、右売買契約は、商法第五二五条により解除された旨主張し、被告に対し、右損害賠償予定額金五、〇〇〇万円およびこれに対する昭和四一年六月二三日より支払ずみる至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小西勝 杉島広利 寒竹剛)
目録<省略>
仮契約書
甲 京神倉庫株式会社
乙 京都府信用農業協同組合連合会
第一条 甲はその所用する京都市下京区醒ケ井通塩小路下る松明町五百四拾九番地所在宅地壱千八百四拾弐坪の内、南側約壱千坪を分筆し、その地上及び分筆線上に在る附属建物を有姿の儘乙に売渡し、乙はこれを甲より買受けることを約諾する。
第二条 売買価格は、土地坪当り換算拾七万円、総額壱億七千万円也とする。
第三条 正式契約作成と同時に乙が甲に支払うべき手附金は、金五千万円也とする。
第四条 甲は目的物件に設定された抵当権を抹消し、召及的速やかに乙に所有権移転登記手続を行う。
第五条 売買代金は、所有権移転登記必要書類を甲が乙に提供したとき、乙は甲に対し、現金を以つてこれを支払う。但し、手附金は、その一部に充当する。
第六条 甲と乙とは、昭和四十年三月中に、甲が目的物件に設定された抵当権が確実に抹消されるものであることを疏明し、且つ乙がこれを確認したとき、正式契約を作成締結するものとする。
第七条 その他必要事項は、甲乙協議の上、正式契約に於てこれを定める。
昭和四十年三月二十七日
甲 京都市下京区和気町弐拾壱番地ノ一
京神倉庫株式会社
取締役社長 泉正雄
乙 京都市中京区西ノ京小堀町弐番地弐拾四
京都府信用農業協同組合連合会
会長理事 村山勇